所得税法56条の適用範囲 最高裁平成16年11月2日判決(弁護士夫婦事件)

1.判示事項

・親族が居住者と別に事業を営む場合に、所得税法56条を適用してされた課税処分は憲法14条(租税公平主義)に違反しないとされた事例。

2.判例要旨

・所得税法56条は、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、その居住者の営む事業に従事したことなどの同条所定の要件が満たされる限り、適用される。

・配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合にその居住者の事業所得等の金額の計算に所得税法56条を適用してされた課税処分は、憲法14条1項に違反しない。

3.事案の概要

・X(原告・控訴人・上告人)は、東京弁護士会に所属し、弁護士業務を営む開業弁護士である。
・Xは、生計を一にする妻である訴外弁護士Aに報酬を支払い、支払った報酬額を必要経費に算入した。Aは弁護士として別個に独立した事業主でもある。
・Y税務署長(被告・被控訴人・被上告人)は、所得税法56条により、生計を一にする配偶者に支払った経費は必要経費に算入できないとして、更正処分を行った。

4.争点

・親族(配偶者)が居住者と別に事業を営む場合、配偶者に支払った経費を費用に算入できるかどうか。

5.判旨 上告棄却

①所得税法56条(配偶者等に支払った対価は必要経費には算入できない)の趣旨と本件への当てはめ

 所得税法56条は、事業を営む居住者と密接な関係にある者がその事業に関して対価の支払を受ける場合にこれを居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費にそのまま算入することを認めると、納税者間における税負担の不均衡をもたらすおそれがあるなどのため、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入しないものとしたなどの措置を定めている。

 同法56条の上記の趣旨及びその文言に照らせば、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。

②所得税法57条(一定の要件を満たすと配偶者等を専従者として、一定額を経費に算入できる)と租税公平主義

 他方、同法57条は、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその居住者の営む前記の事業に従事するものが当該事業から給与の支払を受けた場合には、所定の要件を満たすときに限り、政令の定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものの限度で、その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入するなどの措置を規定し、同条3項は、上記以外の居住者に関しても、同人と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその事業に従事するものがいる場合について一定の金額の必要経費への算入を認めている。これは、同法56条が上記のとおり定めていることを前提に、個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との間で税負担が不均衡とならないようにすることなどを考慮して設けられた規定である。同法57条の上記の趣旨及び内容に照らせば、同法が57条の定める場合に限って56条の例外を認めていることについては、それが著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。

 以上によれば、本件各処分は、同法56条の適用を誤ったものではなく、憲法14条に違反するものではない。

【参考資料】

民集215号517頁